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アクセス情報

四季折々のフォトギャラリー・観光案内

三井ガーデンホテル京都四条ではNPO法人京都文化を考える会都草(京都検定合格者)によるボランティア観光案内コーナーを設置。幅広い・奥深い京都観光をご提案させていただきます。

※ボランティア活動の為不定休です。ご注意ください。

NPO法人京都文化を考える会・都草とは

「都草」は平成16年に始まった京都・観光文化検定試験(京都商工会議所主催)で「京都通」と認定された人々をはじめ、京都の歴史・観光・文化を学ぼうとする人々の集まりです。京都の観光・文化の振興と啓蒙に関する事業を行い、京都の活性化と豊かな地域社会の実現に寄与することを目的としています。

http://www.miyakogusa.com/

都草・丹波支部長(海道ただかず さん)
によるフォトギャラリー

1943年京都の寺院の子として生まれ僧侶目指すも後継がず、大学卒後は普通の会社員として経過、定年後は洛外の郷、丹波・亀岡市で趣味を(カメラ等)生かして悠々かっ歩の生活。僧籍は一応所持したままですが持ってるだけです・・

○ 都草・丹波支部とは・・

 京都検定合格者等が、ボランティア活動を通じ、京都の観光文化の振興と、精神性豊かな社会の創造を目指して設立したNPO法人の支部です。 「丹波支部」は京都観光文化を考える会・都草の三番目の支部としてスタートしました! 丹波地域は都が平安京に遷都(794)されるよりずっと前から(709)丹波の国は既に都の先輩として重要視されていました。昨年には1300年の年を迎えています。古くより京都の西の出入口に当たる地理的条件から、後の各時代の権力者からも重要視され、播磨や大和などと並んで鎌倉時代の六波羅探題や江戸時代の京都所司代などの影響を受けていました。それだけに、都の政局に巻き込まれやすい国でもあったようです。

 鎌倉時代末期には足利尊氏が篠八幡宮で挙兵し、安土桃山時代にも丹波亀山城主の明智光秀が本能寺の変を起こすといった時代変革の重要な舞台となった歴史があります。 その京の都とは切っても切れない、繋がりの深い歴史を刻んだ京都丹波の地域を一つ一つ丁寧に現地、現場主義で探訪活動を重ねてまいりたいと思います。皆さまが想像してらっしゃる以上の素晴らしい魅力のある地域の歴史、文化、観光などの情報をコツコツと勉強を重ねて発信してまいります。

丹波支部長 海道ただかず

京都の四季折々のフォトギャラリー

黒田の百年桜 ~ 常照皇寺の枝垂れ ~ 山国神社

 保津川下りの上流、それはそれは山奥の谷あいの里、この辺は川の源流にも近い黒田の宮村と呼ばれている、今は右京区黒田宮町という在所です。ここの春日神社に「黒田の百年桜」という珍種の桜が有名です。先日、あの有名人、桜守の佐野藤右衛門さんにお会いすることがあった。曰く、「ソメイヨシノは桜じゃない・・ワシのつくった黒田の桜を観てこい、本物がわかるさかい・・」 ということで観に行ってきました。 ちょ~ど満開で今年最後の桜を観ることが出来て感動ものでした、丹波の山奥に行くと京都市内とはづれて遅咲きの開花に見舞われた桜を楽しむことが出来ます。ゴールデンウィーク中は何とか見れるかも知れませんが・・保証はできません。
 帰りついでに近くの常照皇寺の枝垂れ桜も観れましたが、終い桜でした。九州から来たという和服のお嬢さんに写真に華を添えていただきました、やっぱり京都は和服と桜は似合いますネ!最後に山国神社に寄って三時間ほどの観桜のドライブでした。

文・写真提供者:海道ただかず

松尾摂社の“御田祭り” 亀岡 松尾神社(亀岡市西別院犬甘野)

 7/7日(土) 、400年以上前から伝わる祭礼といわれ、無形民俗文化財に指定されている素朴なお祭りです。
 毎年お詣りして撮っています。いつもはこの地域の長男の小学生が早乙女役を務めるのだ慣わしですが、今年は少子化の加減からか男の子不足で、久しぶりに女の子が麻の衣装を着た早乙女姿で演じていました。苗に見立てた榊(さかき)の小枝を持ち、腰をかがめて後ずさりしながら植える姿はとても可愛らしく、多くの参拝者の拍手をうけていました。
 松尾神社に伝わる「御田祭(おんだまつり)」は、田植えや「代(しろ)かき」といった田植のしぐさを昔ながらの形で披露し今年の豊作を祈る。大人の氏子たちも田回りやホオの葉で作った牛を使った代かきの動作を演じてみせ、牛使いが参拝客に軽口をたたきながら、境内は笑いに包まれていました。

文・写真提供者:海道ただかず

月並みですが“紫陽花”まっただ中です! 善峰寺 (6/25日現)

 じつは、お花を撮るのが下手くそで困っています、小松理事にお教えいただいたらいいのですが・・でも、と思い、よ~しこの時季の紫陽花を撮るお勉強をと、近くの善峰寺までお出かけ、汗だくになって撮ってまいりましたので観てください。
 ここは平安時代に源算上人により開山。五代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院により再興されました。境内の「白山・櫻あじさい苑」は西山の傾斜を生かした造りで、青やピンクの紫陽花が咲きそろうと浄土のような華やかな雰囲気が漂っていました、いまは梅雨のまっただ中!見頃を迎えています、是非、お出かけください。

文・写真提供者:海道ただかず

お米祭り~お田植え 萌えるような若葉がきれ~

 いまの時季、京都・丹波の「美山の茅葺の里」がいちばん映えています、そこには豊かな自然と昔ながらの茅葺き民家が古き良き日本の原風景ともいうべき景色が今もなお大切に守られています。 そんな中、初々しい早乙女姿に扮した地元の学生さん扮するお田植えの儀を撮ってきました。やぶきの里で行われる「お田植え祭」は、地元の知井八幡神社による神事の後に、かすりの着物に赤だすき、赤い腰巻と菅笠をかぶった早乙女が、太鼓の合図とともにお田植えが景茅葺の里の神撰田で催しされていました。  (京都丹波・美山町茅葺の里より)

文・写真提供者:海道ただかず

京都丹波・千歳(ちとせ)の夕日

亀岡市千歳町「耕雲寺」より
 去る、5月に所属する「都草」の皆さまをお連れして「丹波七福神めぐり」の歴史探訪での五番目の寺・耕雲寺の高台から眺められた絶景を思いだして再度訪れてみました。 ここからの絶景シーンのクライマックスは実は ”夕日の棚田” なのです! 撮ってまいりましたのでご覧ください~
 田植えの季節が近づいてきた先日、行ってまいりました。田植え時期が早い京都・亀岡のこの場所は西向きなので、逆光の方が映えるとみて夕方七時前、目の前に期待通りの今でも日本の原風景といった懐かしい風景が広がっていました。

文・写真提供者:海道ただかず

“今が旬” 杜若

「 色にみゆらむ 」 ・・毎年初恋の心境に慕れる 紫のじゅうたん
上賀茂神社摂社 太田神社
藤原俊成は「神山や 大田ノ沢の かきつばた ふかきたのみは いろにみゆらむ」と、カキツバタに託した恋心を和歌に詠んだ歌につられて今、”旬をむかえています”

文・写真提供者:海道ただかず

春の序曲

 アッという間に”春爛漫”に突入です!
 只今も競うかのごとく紅梅とサクラの序曲が続いています~自宅のお庭では真っ白なコブシの花がおなじように桜と競いあっていました。京都府庁旧館(文化財)の中庭では観桜祭も開かれていました。円山公園の枝垂れ桜の子供も満開を迎えていました。八重の枝垂れ、容保(かたもり)桜も開花していました。

文・写真提供者:海道ただかず

北野大茶会(きたのだいさのえ)

 北野大茶会は、北野天満宮境内において秀吉が主催した大規模な茶会が事の始まりで、今日では「梅花祭」という名目で2月25日にイベントで野点が行われていましたので撮ってきました。
 秀吉は自己の権威を示すために大規模なイベントを開催することを企て、茶会初日である10月1日に、北野天満宮の拝殿(12畳分)を3つに区切り、その中央に黄金の茶室を持ち込んで、秀吉自慢の名物を陳列したとされ、大規模な茶会であったそうですが、ところがその日だけで茶会は中止されたとか、秀吉の自己顕示欲が1日だけで満足したのでしょうかね・・

文・写真提供者:海道ただかず

泣きたくなるほど美しい 桂離宮

 桂離宮は1615年頃,八条宮智仁親王により宮家の別荘として創建されました。
この智仁親王は幼少の頃,豊臣秀吉の養子に迎えられましたが,秀吉に実子鶴丸が誕生したため縁組は解消したことは皆さまはよくご存じ・・ また兄の後陽成天皇の後継に推された際,豊臣家の関わりゆえに徳川将軍家に反対されまね。歴史に「もし…」はないですが,秀吉の後継者として天下人の座についていたかもしれないし,天皇になっていたかもしれない・・
 そんな智仁親王が造り出した桂離宮、梅花の頃は未だ蕾の冬の陽だまりを感じながら観光客になりきって参観してまいりました。その感想として一回や二回来たからと言って、とても満足できないことがわかりました、是非、次の機会もと思う次第です。
 平成51~57年に七年余りを費やして古書院、中書院等は全解体して大改修されましたがキチンと元の姿のまま見事によみがえっていました。 現在は中央に大きな池があり,大小五つの中島に橋を渡し,書院や茶室に寄せて舟着を構え,燈籠や手水鉢を要所に配した回遊式庭園と,数奇屋風の純日本風建築物とで構成されています。参観は中央の池をぐるっと一周するコースを歩きます、わずか一時間の見学の中でいい写真は撮れませんでしたが、よかったら見てください、写真の能書きは皆様に失礼なので外しました。

文・写真提供者:海道ただかず

廬山寺の鬼おどり(節分会)

 2月3日の京都では節分会の行事があっちこっちで行われていましたが今年は紫式部の邸宅跡にある寺町の廬山寺(ろざんじ)の「追儺式鬼法楽」にお参りしてきました。
 鬼おどりとして知られていて有名なせいかすごい人出で写真を撮ることも至難の業でしたが何とか撮ってきましたので見てください。 蓬菜豆や福餅撒き、鬼のお加持等が行われ開祖の元三大師が村上天皇の御代に、300日の護摩供養で出現した悪鬼を、法力、法器で降伏させた故事に因むという。3時になるとようやく本堂で読経が始まり待つこと約15分ほどで、花道?から3匹の鬼たちが太鼓の音にあわせてやってきました。松明と宝剣を持った赤鬼、大斧を持った青鬼、大槌を持った黒鬼。どうやら踊りながら修法を邪魔をしにやって来たようです。ほら貝と太鼓の音にあわせて赤、青、黒の鬼が登場し、この3匹の鬼たち、間近で見ると恐いけれどユーモラスな面構え(着ぐるみなので恐いと云うより可愛らしいお相撲さんみたい)。
 この鬼は人間のもつ三毒、つまり貪欲・怒り・愚痴を表現しているのだとか、確かに退散して欲しい三毒です。この三毒を運勢の変わり目といわれる節分の日に追い払い、開運をはかり新しい節を迎えるという法会行事なのだそうです。
 この蘆山寺は紫式部と秀吉がつくつた御土居が未だ残っているので有名なのはよくご存じの事と思います。紫式部はこの邸宅で育ち、結婚生活を送り、一人娘の賢子を産み、五十九歳ほどで死去したと云われているそうです。「源氏物語」もこの地で執筆!・・歴史に触れた感じです・・。

文・写真提供者:海道ただかず

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